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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4604号 判決 1961年11月29日

判  決

東京都葛飾区上平井町二千二百二十六番地

原告

株式会社丸美屋食料品研究所

右代表者代表取締役

渋谷竜一郎

右訴訟代理人弁護士

井上準一郎

井上義男

東京都中央区京橋三丁目二番地

被告

丸美屋食品工業株式会社

右代表者代表取締役

阿部末吉

右訴訟代理人弁護士

義江駿

柴田博

水谷勝人

右当事者間の昭和三六年(ワ)第四六〇四号不正競争防止法による謝罪広告請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告は、別紙(一)記載の謝罪文を読売新聞全国版日本食糧新聞および関西食糧新聞に各一回ずつ掲載せよ。

原告のその余の請求は、棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は「別紙(二)記載の謝罪広告を読売新聞全国版、朝日新聞および毎日新聞の各都内版、日本食糧新聞ならびに関西食糧新聞にそれぞれ一回ずつ掲載せよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求原因および答弁

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。

(虚偽の事実の陳述)

一  被告代表者は、昭和三十六年三月十五日、取材にきた読売新聞記者大谷進に対し、(一)原告は、すでに解散して存在していないし、(二)被告は、戦前にあつた原告を承継した会社である、と話した。

しかしながら、被告代表者のこの話は、全く事実に反する。すなわち、原告は、もと初代社長甲斐清一郎が個人企業として、大正三年五月から福島市において、「ふりかけ食」の製造販売をしていたものを、昭和六年に至り、株式会社組織に改めたものであるが、第二次世界大戦による戦災によつて工場が焼失した際、一時休業したことはあつたけれども、会社設立以来一度も解散することなく、事業を継続してきた。

また、被告は、昭和二十六年四月二十一日に設立された会社であり、原告の事業とは全く関係がく、単に、被告代表者が昭和四年五月、当時個人営業であつた丸美屋食品研究所に雇われ、昭和六年株式会社に改組するとともに、その取締役となり、昭和二十一年取締役を辞任して、退社した、という関係があつたにすぎないから、たまたま、被告が原告の営業にかかる商品と同種の商品について営業をしていたというだけで、その間に事業の承継という関係は全く存在しなかつたのであり、被告代表者が前記のように話したことは、全く虚偽の事実を陳述したものといわなければならない。

(競争関係)

二 原告および被告は、いずれも「ふりけ食」の製造および販売を業とし、その商品の名称は別として、同一商品を、ともに全国に販売し、現に競争関係にある。

もつとも、原告および被告が、被告主張のような販売地域に関する契約を締結したことは認めるが、この契約は、「是はうまい」という名称を附した商品のみについて販売地域を協定したものにすぎないし、このような契約の存在すること自体が、原、被告が競争関係にあることを示すものである。

(営業上の利益の侵害)

三 被告代表者が大谷記者に対し陳述した結果は、昭和三十六年四月五日付読売新聞全国版「中小メーカーのページ」に、次のような記事となつて公表されたため、原告はその信用を害され、営業上の利益を侵害されるに至つた。

すなわち、右の記事においては、「新しい芽吹き忘さぬ伝統企業」という表題のもとに、

「丸美屋食品工業(株)は大正十年社長阿部末吉氏が入社した丸美屋食料品研究所が前身だが、当時乾燥魚部主原料とした栄養副食品を作ろうとした。(中略)商品名は当時としては全く奇抜で、そのものズバリを現わした「是はうまい」という名前で市場に登場させた。これが消費者に強い印象を支えブランド(商標)効果を絶大にした。(中略)戦後二十六年会社を再編成して再スタートしたが(後略)」との記事が掲載されたのである。

四 以上によつて、明らかなように、被告の行為は、不正競争防止法第一条第六号に該当するので、原告は、同法第一条の二にもとずき、請求の趣旨記載の謝罪広告の掲載を求める。

被告訴訟代理人は、請求の原因に対し次のとおり答弁した。

(虚偽の事実の陳述について) 一 請求原因一記載の事実のうち、大谷記者が、原告主張の日に取材のため被告方に来訪したことは認めるが、被告代表者の談話の内容は否認する。

また、原告の設立の日時、その営業目的、その前身が個人商店であつたこと、被告代表者が原告を退社したことおよび被告設立の日時は争わないが、その余の事実は争う。被告代表者が原告を退社したときは、原告はすでに事実設備の一切を戦災によつて失い、休業状態に入り、事実上解散していたのであり、被告代表者が被告を設立した当時においても、まだ事業を再開せず、昭和二十九年十一月に至つてようやく事業を再開したにすぎないし、「是はうまい」という商品名を用いた「ふりかけ食」も、被告の異常な努力によつて、始めて戦前の声望を維持することができたのであり、被告は、原告とは別箇の会社であるとはいえ、事業の実体からいえば、被告が原告の正当な承継人なのである。

しかも、被告代表者も、原告設立以来、その取締役の職にあり、販売主任としての仕事を担当し、ことに昭和十七年以降は、原告代表者とともに、代表取締役の地位にあつたのである。

(競争関係について)

二 請求原因二記載の事実のうち、原、被告が、いずれも「ふりかけ食」の製造、販売業をとしていることは認めるが、競争関係にあることは否認する。

すなわち、原、被告間には、昭和二十九年三月二十七日、「是はうまい」を商品名とするものによつて代表される「ふりかけ食」について、販売地域協定が締結されており、この協定では、原告の販売地域は九州一円に限られ、被告の販売地域はその他の地域と定められているから、販売に関して原、被告間に競争の発生する余地は存在しない(しかも、原告は、この協定をも守つていない。)

(営業上の利益の侵害について)

三 請求原因三記載の事実のうち、原告主張の日、その主張の新聞記事が掲載されたことは認めるが、これによつて原告の営業上の利益が害されたことは否認する。

(不正競争防止法の適用について)

四 請求原因四記載の事実は、否認する。不正競争防止法第一条を援用して、同法第一条の二の請求をするためには、そのものは、相手方よりも、隆盛に営業活動をしているものでなければならない、と解すべきところ、原、被告の営業は、その規模においても、取引高においても、被告がはるかに優越的地位を占めているから、前記法条を根拠とする原告の請求は棄却されるべきである。

第三 (省略)

理由

(虚偽の陳述をしたかどうかについて)

一  (証拠)によれば、大谷進が読売新聞の中小企業のページ担当の記者として、昭和三十六年三月十五日、取材のため、被告代表者に面会した際、被告代表者は、同記者に対し、被告の会社経歴書(甲第十三号証)を手渡し、これを参考資料としつつ、原告に勤務していた当時のことにその他について種々説明するところがあつたが、その際、被告代表者は、当時原告が現に存在していることを知りながら(大谷記者は、原告が現存する事実を知らなかつた。)、「原告が解散したので、原告を退社し、また、被告の事業は、原告の事業を承継して再編成したものである、」との趣旨の陳述をしたことを認めることができ、(中略)前記認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、以上の認定のように、被告代表者が、原告が会社として現存しているにかかわらず、すでに解散したとか、原被告間に事業承継の関係がないにかかわらず、被告は原告を承継したものであるとか、大谷記者にいつたことは、その真意がどこにあつたにもせよ、原告の営業上の信用を害する虚偽の陳述といわざるをえない。この点に関し被告は、原被告の事業の優劣によつて差別すべきである旨の主張をしているが、原告事業が被告のそれに比較して隆盛でないと仮定しても、上記のような虚偽の陳述により、原告がその信用を害されるであろうことは、社会通念上、いささかの疑問の余地もないことというべく、被告のこのような見解の全く採用に値しないことは、あえて、いうまでもないところである。

(競争関係の有無について)

二 原告および被告が不正競争防止法にいう「競争関係」にあるかどうかについてみるに、原、被告とも「ふりかけ食」の製造販売を業とすること、および、原被告間に昭和二十九年三月二十七日、販売地域の協定が成立したことは当事者間に争いなく、(証拠)によれば、原告が、その製造にかかる各種「ふりかけ食」を「是はうまい」という名称はつけないで、九州以外の全国各地にも販売していることが認められ、これに反する証拠はない。

しかして叙上のとおり、原告が、現に、九州地方に限らず、その製造にかかる各種「ふりかけ食」を販売している以上、前記地域協定の趣旨とするところが、「ふりかけ食」のすべての品種に及ぶのか、あるいは、「是はうまい」という名称をつけた「ふりかけ食」に限定されるのか、さらには、原告が右地域協定に違反しているかどうか、の問題はあるにしても、その限りにおいては、原告と被告とは競争関係にあるものといわざるをえない。

被告は、原被告間には前記地域協定があるから競争関係はないと主張するが、原被告間に事実上前記のような競争関係がある以上、地域協定の有無にかかわらず、不正競争防止法第一条第六号にいう「競争関係ニアル」ものと解するのが相当である。

(営業上の利益の侵害について)

三  被告代表者が、大谷記者にした前記談話は、その内容自体かいつて、明らかに原告の営業上の利益を害する虞れのあつたものであるところ、その談話の内容は、取材に当つた大谷記者によつて、昭和三十六年四月五日付の読売新聞全国版の「中小企業のページ」に、原告主張のような記事となつて発表されたが(新聞記事の点は当事者間に争いがない。)、その記事は、前記のとおり、一般読者に対し、被告が原告の営業と伝統を承継し、しかも、原告は現存しないかのような印象を与えるものであつたから、これによつて原告の営業上の利益が害される結果となつたことは明らかといわなければならない。

(信用回復の処置について)

四 以上説示したとおりであるから、被告代表者の行為は、不正競争防止法第一条第六号に当るものというべく、したがつて、原告は、同法第一条の二第二項の規定により、被告に対し、原告の営業上の信用を回復するに必要な処置を命ずべきことを請求しうるもの、といわなければならない。

しかして、この信用回復のため必要な処置としては、読売新聞全国版、日本食糧新聞および関西食糧新聞に主文第一項掲記の内容の謝罪広告を一回ずつ掲載するをもつて十分とすべく、原告の請求のうち、その内容および掲載すべき新聞紙について、これを越える部分は、その必要な処置の限度をこえているものといわなければならない。

(むすび)

五 よつて、原告の本訴請求は、主文掲記の範囲内においては理由があるものということができるから、これを認容すべきも、その余は失当たるを免れないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 田 倉  整

裁判官 楠  賢 二

別紙(一)

昭和三十六年十一月二十九日

東京都中央区京橋三丁目二番地

丸美屋食品工業株式会社

代表取締役 阿 部 末 吉

東京都葛飾区上平井町二千二百二十六番地

株式会社丸美屋食料品研究所

代表取締役 渋谷 龍一郎殿

謝罪広告

当社は、昭和三十六年三月十五日、読売新聞記者大谷進氏に対し、貴社はすでに解散していること、および、当社は戦前にあつた貴社を承継した会社である、と述べたため、同記者の取材による記事が読売新聞昭和三十六年四月五日付全国版「中小メーカーのページ」のうちに、新しい芽吹き忘れぬ伝統企業という見出して「丸美屋食品工業(株)は大正十年現社長阿部末吉が入社した丸美屋食料品研究所が前身だが、当時乾燥魚を主原料とした栄養副食品を作ろうとした。(中略)商品名は当時としては全く奇抜でそのものズバリを現わした「是はうまい」という名前で市場に登場させた。これが消費者に強い印象を与えブランド(商標)効果を絶大にした。(中略)戦後二十六年会社を再編成して再スタートしたが、(後略)」という内容の記事となつて発表され、その結果、一般読者に対し、当社が貴社の営業と伝統を承継し、しかも貴社が現存しないかのような印象を与え、現に競争関係にある貴社の利益を害したことはまことに申しわけありません。

今後は、このような貴社の営業上の信用に関する虚偽の事実を陳述しないことを誓い、貴社の営業上の信用を回復するため謝罪の意を明らかにいたします。

以上

備考 掲載に際して使用する活字の大きさは次のとおりとする。

(一) 会社名、代表取締役の氏名および標題 二倍活字

(二) その他(日附、住所、代表取締役の文字および本文) 一、五倍活字

別紙(二)

謝罪広告

当会社は、読売新聞記者に対し、貴株式会社丸美屋食料品研究所は解散し当社がその後継会社であると詐り虚偽の内容を記載した経歴書を提供し、右記者に誤つた取材をさせて同記者が編集を担当する昭和三十六年四月五日発行読売新聞の「中小メーカーのページ」欄に於て「新しい芽吹き忘れぬ伝統企業」なる表題下に「丸美屋食品工業株は大正十年現社長阿部末吉氏が入社した丸美屋食料品研究所が前身だが、当時乾燥魚を主原料とした栄養副食品を作ろうとした。(中略)商品名は当時としては全く奇抜でそのものズバリを現わした「是はうまい」という名前で市場に登場させた。これが消費者に強い印象を与えブランド(商標)効果を絶大にした。(中略)戦後二十六年会社を再編成して再スタートしたが、(後略)」との記事を掲載させ、故意に貴社の営業歴を僭称し、あたかもふりかけ食の元祖である貴社の営業と伝統を当社が承継し貴社は現存しないかの如く誤つた認識を一般読者に与え、現に競業関係にある貴社の信用を毀損し且つ貴社及び貴社の得意先に対し営業上多大の迷惑をかけたことは誠に申訳ありません。今後は絶対に貴社の営業歴を僭称しないことを誓い併せて貴社の営業上の信用回復のために謝罪の意を表明致します。

昭和 年 月 日

東京都中央区京橋三丁目二番地

丸美屋食品工業株式会社

代表取締役 阿 部 末 吉

東京都葛飾区上平井町二二二六番地

株式会社丸美屋食料品研究所

代表取締役 渋谷 龍一郎殿

備考 掲載に際して使用する活字の大きさは次のとおりとする。

(一) 会社名、氏名および標題二倍活字

(二) その他(日附、住所および本文)

一、五倍活字

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